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第19話 ド派手に決めたら、それがファンファーレ

last update Last Updated: 2025-10-12 06:07:14

 ああ、もう思い出したくないのに!

 あの腹黒執事の声が、不敵な表情がこびりついて離れない!

《されど、お嬢様。もし貴女が、それでも“駒”を見捨てられぬ、甘ったれのままで栄光をお目指しになるのでしたら》

 浮かぶ幻。イヅルの涼やかな微笑みが、頭のなかで弧を描く。

《やり遂げるしかありませんね。ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイ。……無理を、お通しになりなさい》

 怖い、死にたくない。でも――!

「――ここで逃げたら、悪役令嬢ですらなくってよ」

 醜い卑怯者には、なりたくないっ! ジャリッと土を噛み潰しながら、今度こそ立ち上がった。

 乱れた髪も、革のエプロンも、新調したばかりの|狩猟乗馬服《ハンティングハビット》も、もう泥まみれ。淑女の威厳なんて、どこにもありはしない。

(怖い! 怖いのよ、帰って、ふかふかのベッドで泣きたい! ママ、お願いだから抱きしめて!)

 本音はそれよ! それしかないに決まってるじゃないの!

 でも、それ以上に、ここで逃げ出す自分の姿を想像したら……死ぬほど虫唾が走るっ!

 戦場で最も早く死ぬのは、一番勇ましい者と臆病な者。

 ええ、そうね。勇ましいルチアは、今にも牙の餌食になりそう。怯えてるだけのツェツィーリア様も、きっと同じ。

「だけど! 臆病なだけの“わたくし”は、もうさっき、泥に埋まって死んだことにするっ!」

 見渡せば、地獄絵図。

 数の増えたブラッドラパン。先生や騎士たちは防戦一方。生徒たちは怯えて固まっているか、意味もなく逃げ惑っているだけ。

 バージル殿下も、ローラント殿たちに守られ、歯痒そうに戦況を見つめている。

「このままじゃ、ジリ貧っ! 下手したら、全滅するかも!」

 そうだ。でも、イヅルは……いつだって、わたくしに二つの道を用意する。

 たっぷり砂糖の利いた……優しいけど堕落の道。

 もうひとつは……ハチャメチャ崖っぷちの無謀な道。

 どちらを選ぶか、いつもわたくしに委ねて、楽しんでいるのだわ!

「でも、もう迷ってる暇はないのよ!」

 見れば、スコップを構えるルチアの呼吸は荒く、額には脂汗が滲んでいる。彼女一人では、もう押し切られてしまうのは明白。

 今、ここに一石を投じるしかない! でも、なぜ迷ってるかって? 今わかるわ。

 イヅルが叩き込んだ『キクチ流兵法』の、あの忌々しい教えが、勝手に浮かび上がってくる!

『現場指揮官の仕事その①――|囮役《デコイ》の活用』

 そんなのやりたくなぁぁあああいっ!!!

 震える足を引っぱ叩く。

 いいから動きなさい、このバカ足! いつも肝心な時に転んでるんだから、今くらい言うこと聞きなさいよ!

 わたくしは、べそを掻きそうになりながら苔むした大岩によじ登った。

「うう……でも、自分から死地に飛び込むお馬鹿さんなんて……他に、誰もいないんだもんっ!」

 魔獣たちと、怯える生徒たちの位置関係。誰の視線が、どこへ向いているのかを、必死に確認。

 そして、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げた。

「オーーッホッホッホッ!」

 あまりに場違いな、品のない、狂ったような高笑い。

 絶対に普段はやらないわ。こんなこと。だって、こんなの正気じゃないものっ!

「みなさま、ごきげんよう! 今夜のショーの主役は、このベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイですわよ! わたくしのために、お集まり下さりとっても光栄ですわ!」

 シン、と静まる。

 悲鳴も、剣戟も、唸り声も。ありとあらゆる視線が、岩の上の、泥まみれのわたくしに釘付け。

 ルチアも、バージル殿下も。そして、あの赤黒い魔獣さえもっ!

「グルルッ!?」

(ひぃぃぃぃっ! 見たわね、こっち見たわねぇぇぇ!)

 心臓が縮み上がる! でも、今さら止まれないわっ!

 わたくしはブルブル震える手で、大仰に扇を振るうと、近くにあった手頃な岩を、ありったけの魔力で持ち上げ……。

 まるで見当違いな方向の、巨大な樫の木に向かって、思いっきり投げつけた

 ゴッッッッッッッ!!!

 凄まじい衝撃音で、森が震える。群生していた月光苔が散って、パチパチパチとご唱和。

「「「ギィ!?」」」

 ブラッドラパンの群れが、予期せぬ不協和音に釣られたわ。

 その隙を、ルチアは見逃さなかった!

「せぇいやぁっ!」

 気合一閃。振り抜かれたスコップの一撃は、魔獣の側頭部を鮮やかに殴り飛ばす!

 敵が怯んだらルチアは、へたり込んでいるツェツィーリア様の手を、グイッと引っ張って立たせた。

「今のうちよ! 走るわよ、ツェツィちゃん!」

「えっ!? ちょっ!?」

 ツェツィーリア様を連れて、戦線から離脱していくルチア。他の生徒たちもどんどん離脱していく。

 でも、そのせいで、わたくしが孤立したじゃないのよぉっ!

(ひぃぃぃぃっ! 残った魔獣が、全部こっち見てるぅぅぅ!)

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